「医療法人を設立したときの出資金は100万円ですが、今売るといくらになりますか?」
「出資持分100%を持っています。M&Aではいくらで売れるのでしょうか?」
「税理士から出資持分の相続税評価額が1億円を超えると言われました」
「相続税評価額とM&Aの売却価格は同じですか?」
「医療法人の純資産が3億円なら、持分も3億円で売れるのでしょうか?」
「医療法人M&Aでは営業権やのれんも価格に入りますか?」
持分あり医療法人の承継・M&Aを検討するとき、最も気になるテーマの一つが、
「自分が持っている出資持分はいくらなのか」
という問題です。
結論からいうと、
医療法人の出資持分には一つだけの「正しい価格」があるわけではありません。
少なくとも、
① 相続税・贈与税を計算するための評価額
と、
② 第三者M&Aで売主・買主が合意する売買価格
は分けて考える必要があります。
相続税・贈与税については、国税庁の財産評価基本通達194-2に医療法人の出資の評価方法が定められています。医療法人の出資は、取引相場のない株式に準じた方法で評価され、法人規模・財務内容等によって類似業種比準方式、純資産価額方式、それらを組み合わせた方法等が関係します。
一方、M&Aの売買価格は、税務上の相続税評価額をそのまま使用するものではありません。
実際のM&Aでは、
- 法人の純資産
- 現預金
- 借入金
- 不動産
- 医療機器
- 収益力
- 将来のキャッシュフロー
- 患者基盤
- 立地
- 医師・スタッフ
- 診療科
- 分院展開可能性
- 営業権・のれん
- 潜在債務
- 医療法人特有の行政リスク
などを踏まえて、売主・買主が交渉します。
したがって、
相続税評価額1億円=M&A価格1億円
とは限りません。
M&A価格が相続税評価額より高くなることもあれば、反対に低くなることもあります。
本記事では、医療法人・クリニック関係の行政手続きを専門的に取り扱う行政書士の立場から、
- 持分あり医療法人の出資持分とは何か
- なぜ少額の出資が高額になるのか
- 相続税評価の基本
- 財産評価基本通達194-2
- 純資産価額方式
- 類似業種比準方式
- 医療法人特有の評価方法
- M&A価格との違い
- 純資産とM&A価格の関係
- 営業権・のれん
- 赤字法人でも売れるのか
- 借入金が多い場合
- 不動産を保有している場合
- 持分譲渡の税金
- 相続税対策
- 売却前に確認すべきこと
まで詳しく解説します。
持分あり医療法人の評価・M&Aについて相談したい先生へ
持分あり医療法人を売却するとき、
「純資産はいくらですか?」
だけで売却価格を判断することはできません。
一方で、
「クリニックは人気だから3億円で売れるはず」
という収益力だけの判断も危険です。
特に医療法人では、
出資持分の財産価値
と、
社員・理事・理事長というガバナンス
が別になっています。
そのためM&Aでは、
持分価格の評価
+
法人価値の評価
+
社員・役員の承継
+
医療行政手続き
まで一体として考える必要があります。
医療法人の出資持分とは?
持分あり医療法人の出資持分とは、定款の定めに基づいて出資者が有する財産的権利です。
代表的には、
社員退社時の出資持分払戻請求権
や、
法人解散時の残余財産分配請求権
などが関係します。
持分あり医療法人は2007年4月1日以降、新たに設立することはできなくなっていますが、それ以前から存在する法人については経過措置型医療法人として現在も存続しています。
国税庁も、2007年4月1日施行の医療法改正により新たな出資持分あり医療法人を設立できなくなったことを説明しています。
持分あり医療法人を第三者へ承継する場合でも、出資持分を譲渡するだけで医療法人の運営体制がすべて移転するわけではありません。
社員、理事、理事長、管理医師等の変更も含めて承継スキームを設計する必要があります。
医療法人M&A全体の仕組みについては「医療法人の承継・M&A完全ガイド」で詳しく解説しています。
出資100万円なのに持分評価が1億円になることはある?
あり得ます。
ここが持分あり医療法人の最も特徴的なところです。
例えば医療法人設立時に、
院長が100万円を出資
したとします。
その後30年間クリニックを経営し、毎年利益を法人内部に蓄積した結果、
- 現預金 1億5,000万円
- 土地建物 1億円
- 医療機器等 3,000万円
- その他資産 2,000万円
- 負債 5,000万円
という法人になったとします。
この場合、単純な帳簿上でも多額の純資産が形成されています。
出資持分は、
「最初にいくら払ったか」だけで価値が決まるものではありません。
医療法人内部に蓄積された財産が持分価値へ反映される可能性があります。
国税庁も、出資額限度法人についてさえ、税務評価では払込出資額そのものではなく、通常の持分あり医療法人と同様に財産評価基本通達194-2によって評価するとしています。
資持分を第三者へ譲渡する場合には、「設立時にいくら出資したか」だけで譲渡価格を決めることは適切ではありません。
法人の純資産、収益力、含み益等によって持分の経済的価値が大きくなっている場合があります。
出資持分の評価とM&Aにおける価格の考え方については「持分あり医療法人の出資持分評価完全ガイド」で詳しく解説しています。
「払込出資額」と「現在の持分価値」は別
ここを明確に分けてください。
例えば、
払込出資額:100万円
でも、
現在の相続税評価額:5,000万円
ということはあり得ます。
逆に、経営状態が悪ければ評価額が大きくならないケースもあります。
したがって、
「100万円で出資したのだから、100万円で売却すればいい」
という考え方は危険です。
出資持分の評価には3つの「価格」を意識する
実務上、少なくとも次の3つを区別すると分かりやすくなります。
| 種類主な目的 | |
|---|---|
| 帳簿上の出資額 | 法人会計上の記録 |
| 相続税・贈与税評価額 | 相続・贈与時の税務評価 |
| M&A価格 | 第三者との売買交渉で決まる価格 |
この3つは同じとは限りません。
相続税評価額とは?
相続税評価額とは、
出資者が死亡して持分が相続対象となった場合などに、相続税計算上用いる評価額
です。
医療法人の出資については、財産評価基本通達194-2に評価方法が定められています。
財産評価基本通達194-2とは?
国税庁の財産評価基本通達194-2は、
「医療法人の出資の評価」
を定めています。
医療法人の出資は、基本的に取引相場のない株式の評価ルールを準用して計算します。
そのため、
- 法人規模
- 利益
- 純資産
- 特定会社該当性
等によって評価方法が変わります。
医療法人の出資評価で使われる主な方法
大きく理解するなら、
① 類似業種比準方式
② 純資産価額方式
③ 両者を組み合わせた方式
などがあります。
どの方法になるかは、法人規模や財務状況等によって判断します。財産評価基本通達194-2は、取引相場のない株式に関する複数の評価規定を医療法人の出資にも準用しています。
純資産価額方式とは?
純資産価額方式は、簡単にいえば、
医療法人が持っている資産と負債を相続税評価ベース等で評価し、その純資産価値から出資持分の価値を算定する方法
です。
例えば医療法人が、
- 多額の現預金
- 土地
- 建物
- 有価証券
を保有している場合には、純資産価額が大きくなりやすくなります。
特に長期間利益を内部留保してきた医療法人では、持分評価額が高額になる可能性があります。
帳簿上の純資産額と相続税評価上の純資産額は同じ?
必ずしも同じではありません。
例えば、
土地について、
帳簿価額2,000万円
でも、
相続税評価上の価額が、
8,000万円
となる場合があります。
反対に、資産によって評価方法が異なることもあります。
したがって、
決算書の純資産=持分評価
と単純に考えないでください。
土地をたくさん持っている医療法人は評価が高くなりやすい?
可能性があります。
純資産価額方式では、法人所有の財産を評価するため、
- 土地
- 建物
- 有価証券
- 現預金
などの保有額が多ければ、持分評価へ影響します。
特に数十年前に取得した土地について、
帳簿価額は低いが現在の評価額は高い
というケースでは注意が必要です。
国税庁の裁判資料でも、医療法人の出資評価について法人の基本財産を含む財産価値が問題となった事例があります。
類似業種比準方式とは?
類似業種比準方式は、
類似する上場会社の株価等を参考にしながら、評価対象法人の利益・純資産等を比較して評価する方式
です。
ただし、医療法人には株式会社のような配当がありません。
そのため医療法人特有の調整があります。
国税庁は、医療法人について類似業種比準方式を使う場合、適切な類似業種が見当たらないため、
「その他の産業」
として評価するとしています。
また、会社規模区分については医療法人をサービス業の一種として扱い、
「小売・サービス業」
の基準で区分するとしています。
医療法人は配当がないのに類似業種比準方式を使える?
医療法人は医療法上、剰余金の配当が禁止されています。
そのため株式会社と全く同じ計算ではありません。
財産評価基本通達194-2には医療法人特有の計算方法が規定されています。
ここは専門性の高い税務領域ですので、実際の相続税評価は医療法人税務に詳しい税理士へ依頼することをおすすめします。
小規模な診療所医療法人は純資産価額方式になる?
法人規模その他の条件によって異なるため、
「診療所だから必ず純資産価額方式」
とはいえません。
財産評価基本通達194-2が準用する非上場株式評価のルールに従い、法人規模や特定会社該当性等を確認します。
相続税評価額とM&A価格は同じ?
同じではありません。
ここがこの記事で最も重要です。
相続税評価額は、
相続税・贈与税を計算するための税務上の評価額
です。
一方、M&A価格は、
売主と買主が、医療法人の事業価値・リスク等を踏まえて交渉して決める取引価格
です。
目的が違います。
M&Aでは何を見て価格を決める?
一般的なM&A実務では、医療法人についても、
- 純資産
- 収益力
- キャッシュフロー
- 将来性
- 患者基盤
- 医師・スタッフ
- 立地
- 診療科
- 設備
- 不動産
- 借入金
- 潜在債務
- 営業権
等を踏まえて交渉します。
したがって、
税務評価1億円だから売価も1億円
とはなりません。
買主側では、出資持分の取得条件だけでなく、法人の借入金、税務・労務リスク、社員構成、行政手続き、診療所許認可、MS法人との取引なども確認する必要があります。
医療法人を取得する前に確認すべき事項については「医療法人M&Aのデューデリジェンス完全ガイド」で詳しく解説しています。
純資産3億円なら3億円で売れる?
必ずしもそうではありません。
例えば純資産3億円でも、
- 毎年赤字
- 管理医師が退職予定
- 医師確保困難
- 建物老朽化
- 大規模設備更新が必要
- 訴訟リスクがある
という法人なら、買主は価格を下げて考える可能性があります。
逆に純資産1億円でも、
- 毎年高収益
- 好立地
- 安定した患者基盤
- 優秀な勤務医が残る
- 分院展開余地が大きい
という法人なら、事業価値が加算される可能性があります。
M&A価格の基本イメージ
概念的には、
法人が現在持っている価値
に、
将来生み出す利益の価値
を加え、
そこから、
債務・リスク等
を調整するイメージです。
ただし医療法人M&Aには全国共通の公定価格計算式があるわけではありません。
最終的には売主・買主間の交渉で決まります。
「時価純資産+営業権」という考え方
中小規模M&Aでよく理解しやすい考え方の一つとして、
時価純資産+営業権
があります。
例えば、
時価純資産 1億円
営業権 5,000万円
と評価するなら、
企業価値の一つの目安として、
1億5,000万円
を検討するイメージです。
ただし、これは法律や税法で決められた医療法人M&A価格の公式ではありません。
あくまでM&A交渉上の一つの考え方です。
営業権・のれんとは?
営業権・のれんとは、帳簿に現れにくい事業価値を表す言葉です。
医療法人・クリニックの場合なら、
- 地域での知名度
- 患者基盤
- 医師の紹介ネットワーク
- 好立地
- スタッフ組織
- 診療ノウハウ
- Web集客力
- 予約基盤
- 分院展開力
などが、実質的な事業価値として価格交渉へ影響することがあります。
利益が多い医療法人ほど高く売れる?
一般には収益力は重要な要素ですが、
利益だけで価格は決まりません。
例えば年間利益5,000万円でも、その利益の大部分が、
現在の理事長個人の技術・知名度
に依存していて、理事長がM&A後すぐ退職するなら、買主にとって同じ利益を継続できるとは限りません。
特に、
- 美容外科
- 歯科
- 自由診療
- 専門医療
など、院長個人への依存度が高いクリニックでは重要です。
売上より「承継後も利益が残るか」が重要
買主が見るのは、
現在いくら売上があるか
だけではありません。
重要なのは、
理事長が変わっても患者が残るか
勤務医が残るか
スタッフが残るか
診療報酬・自由診療収入を維持できるか
です。
つまりM&A価格では、
利益の持続可能性
が重要になります。
医療法人の出資持分価格と法人全体の価値は同じ?
これも分けて考える必要があります。
例えば医療法人に借入金が多額にある場合、
法人事業そのものには価値があっても、
持分権者へ帰属する価値は債務分を考慮する必要があります。
そのため、
事業価値
法人価値
持分価値
を区別して考えます。
借入金2億円なら持分価格は下がる?
通常、債務はM&A価格交渉に大きく影響します。
例えば、
資産3億円
負債2億円
なら、
単純な帳簿上純資産は1億円です。
しかし、
- 不動産の含み益
- 回収不能な未収金
- 退職給付
- リース
- 潜在債務
等を加味すると、実質純資産は異なる可能性があります。
現預金が多い医療法人は高く売れる?
価格へプラスに影響する可能性があります。
例えば、
現預金2億円・無借金
の医療法人と、
現預金1,000万円・借入2億円
の医療法人では、同じ利益でも財務状態が大きく違います。
ただし、多額の現預金があるからといって、その金額をそのままM&A価格へ足すだけでよいとは限りません。
正常運転に必要な運転資金も考える必要があります。
不動産を持つ医療法人は評価に注意
医療法人自身が、
- 土地
- 建物
を所有している場合、その時価評価がM&A価格にも税務評価にも大きな影響を与える可能性があります。
特に昔取得した土地は、
帳簿価額と現在価値が大きく違う
ケースがあります。
M&Aでは不動産鑑定等を行うことも検討します。
理事長個人所有不動産は医療法人の価値に含まれる?
原則として、法人所有資産ではありません。
例えば、
土地・建物:理事長個人
診療所運営:医療法人
というケースでは、
持分を譲渡しても土地建物は売主個人に残ります。
M&Aでは、
- 不動産も同時売却する
- 買主へ賃貸する
- 医療法人へ賃貸を継続する
などを別途整理します。
MS法人が医療機器・不動産を持っている場合
同じです。
MS法人所有の、
- 不動産
- 医療機器
- Webサイト
- 商標
- その他事業資産
は、医療法人の出資持分を買っただけでは取得できません。
持分評価・M&A価格を判断するときには、
実際に何が医療法人所有なのか
を確認してください。
相続税評価額がM&A価格より高くなることはある?
あります。
例えば税務上の純資産評価が高額でも、
実際には、
- 後継医師がいない
- 赤字
- 建物老朽化
- 設備投資が必要
- 地域人口が減少
- 院長依存度が高い
などによって、買主が高い価格を付けない場合があります。
したがって、
相続税評価額が高い=その金額で売却できる
とは限りません。
反対にM&A価格の方が高くなることもある?
可能性があります。
税務上の評価では十分に表れない、
- ブランド
- 患者基盤
- 高い利益
- 将来成長性
- 優秀な医師・スタッフ
- 希少な立地
などを買主が評価すれば、取引価格が税務評価額を上回る場合も考えられます。
相続税評価とM&A価格を比較する理由
売却を検討する医師にとって、
この2つを比較することは非常に重要です。
例えば、
相続税評価額:2億円
想定M&A価格:1億2,000万円
だったとします。
この場合、
「売らずに子どもへ相続させる」
という選択肢と、
「生前に第三者へ売却する」
という選択肢では、税務・資金面が大きく違います。
したがって、
M&A評価+相続税シミュレーション
を同時に行うことをおすすめします。
持分あり医療法人最大のリスクは「売らなくても評価が上がる」こと
医療法人の経営が順調で内部留保が増えるほど、
持分評価が上昇する可能性
があります。
これは通常のクリニック経営としては良いことですが、
承継という観点では、
相続税負担が増える
可能性があります。
国税庁の評価ルールでは医療法人の出資価額を法人の利益・純資産等を踏まえて評価する仕組みになっているため、利益蓄積・純資産増加は評価へ影響し得ます。
出資額限度法人なら持分評価も出資額まで?
ここは重要な誤解です。
必ずしもそうではありません。
国税庁は、出資額限度法人へ移行した場合であっても、相続税・贈与税計算上の出資価額については通常の持分あり医療法人と同様、財産評価基本通達194-2によって評価するとしています。
つまり、
「払戻し限度100万円だから相続税評価も100万円」
という単純な話ではありません。
なぜ出資額限度法人でも評価が高くなる可能性がある?
国税庁は、出資額限度法人についても依然として持分の定めを有する医療法人であり、一定の事情を踏まえて通常の医療法人と同様の評価を行う考え方を示しています。
そのため、相続対策として、
「出資額限度法人にすれば持分評価が出資額まで下がる」
と安易に考えるのは危険です。
持分の一部を安く子どもへ移せばいい?
非常に慎重に検討してください。
持分割合が変わることによって一部の出資者から他の出資者へ経済的利益が移転すると、贈与税が問題になる場合があります。
国税庁は、医療法人の増資によって出資持分割合が変動し、一部出資者の持分に含まれていた含み益が他の出資者へ移転したケースについて、贈与税が課税されるとの見解を示しています。
持分を第三者へ売却すると税金はいくら?
個人が出資持分を譲渡した場合、譲渡所得課税が問題になります。
国税庁の案内では、法人の出資者の持分は「株式等」に含まれ、譲渡益について原則として申告分離課税の対象となります。税率は所得税15%・住民税5%に加え、復興特別所得税が所得税額に対して課されます。
具体的な税額は、
譲渡価額-取得費-譲渡費用
等によって変わるため、税理士へ確認してください。
取得費が100万円で1億円で売却した場合
単純化すると、
出資取得費100万円
売却価額1億円
であれば、
非常に大きな譲渡益が生じます。
したがって、
「1億円で売れた=1億円手取り」
ではありません。
M&A価格を交渉するときは、
税引後手取り額
まで確認することが重要です。
「売却価格を安くすれば税金も安い」は危険
関係者間の取引などで時価より著しく低い価額による移転を行うと、所得税・贈与税等の別の税務問題が生じる可能性があります。
国税庁も、医療法人の持分割合の変動によって経済的利益が他の出資者へ移転する場合に贈与税が生じる考え方を示しています。
M&A価格は、税務上の時価を意識しながら専門家と決定してください。
相続が起きる前に売った方がいい?
これは個別判断です。
例えば、
- 理事長が高齢
- 後継医師がいない
- 持分評価が高額
- 相続人が医療法人経営に関心がない
というケースなら、生前M&Aを検討する意味があります。
一方、家族内承継が可能なら、相続・贈与・認定医療法人制度等を含めて比較する必要があります。
M&Aか相続かを比較するときのポイント
少なくとも、
M&A
- 想定売却価格
- 譲渡所得税
- 手取り額
相続
- 持分相続税評価額
- 相続税
- 納税資金
- 後継者
持分なし移行
- 認定医療法人制度
- 持分放棄
- 贈与税等の課税関係
の3つを比較します。
M&A前に持分なしへ移行した方がいい?
必ずしもそうではありません。
持分を放棄して持分なしへ移行すると、
出資持分というM&A対価の対象となる財産権がなくなる
ため、M&Aの経済設計そのものが変わります。
一方、相続税・払戻請求リスクを解消できるメリットもあります。
M&A予定がある場合には、
「持分ありのまま売る」
のか、
「持分なしへ移行してから承継する」
のかを事前に比較してください。
出資持分を第三者へ譲渡する以外に、案件によっては持分放棄や持分なし医療法人への移行を検討することもあります。
ただし、それぞれ法務・税務上の効果が異なるため、単純な比較だけで決定しないことが重要です。
持分放棄を検討する場合は「医療法人の持分放棄完全ガイド」もあわせてご覧ください。
認定医療法人制度も選択肢
持分あり医療法人から持分なしへ移行するための認定制度があります。
2026年時点でも制度は運用されています。
持分を相続した場合の相続税納税猶予等についても国税庁が制度を案内しています。
M&Aだけでなく親族承継も候補なら、税理士と検討してください。
赤字の医療法人でも売却できる?
可能性はあります。
例えば赤字でも、
- 好立地
- 医療法人格
- 診療所許認可
- 医療設備
- 人材
- 患者基盤
- 将来改善余地
などに価値を感じる買主がいる場合があります。
ただし、赤字幅や将来の追加資金負担は価格を下げる要因になり得ます。
債務超過の医療法人にも価値はある?
案件によります。
帳簿上債務超過でも、
事業自体に収益性・戦略的価値がある場合にはM&Aが成立する可能性があります。
反対に、多額の簿外債務や医療事故リスク等があれば、買主が取得を見送る可能性もあります。
M&A価格を高くするためにできること
売却を数年後に考えているなら、
「直前に価格交渉する」より前から法人を整える
ことが重要です。
例えば、
- 安定した収益を作る
- 院長個人依存を減らす
- 勤務医を育成する
- スタッフ離職率を下げる
- 不要な関連当事者取引を整理する
- MS法人契約を適正化する
- 行政手続き漏れをなくす
- 定款を最新化する
- 借入金を整理する
- 法人と個人の資産を明確にする
などです。
特に「院長依存度」を下げる
例えば売上3億円でも、
売上の80%が現理事長一人の診療
なら、理事長退任後に売上が大幅に下がる可能性があります。
一方、
- 勤務医複数名
- 標準化された診療
- 安定した患者獲得
- 院長不在でも運営可能
という状態なら、買主にとって事業継続性が高くなります。
これはM&A価格にも影響する重要なポイントです。
行政手続きが整理されていることも価値になる
医療法人M&Aでは、
- 定款
- 社員名簿
- 役員変更届
- 理事長登記
- 分院追加
- 診療所許可
- 保険医療機関指定
- 施設基準
等が適切に整理されていることが重要です。
厚生労働省の医療法人M&Aに関する調査でも、承継前のデューデリジェンスで法令・契約等の問題を確認する重要性が示されています。
出資持分評価とM&A価格の違いをまとめると
| 項目相続税評価M&A価格 | ||
| 目的 | 相続税・贈与税計算 | 売買取引 |
| 基準 | 財産評価基本通達194-2 | 売主・買主の交渉 |
| 純資産 | 重要 | 重要 |
| 利益 | 評価要素 | 非常に重要 |
| 将来性 | 税務方式内で反映 | 大きく反映され得る |
| 営業権 | 税務評価方式による | 交渉で考慮され得る |
| 人材 | 間接的 | 重要 |
| 患者基盤 | 間接的 | 重要 |
| リスク | 評価方式内 | DDで価格調整 |
| 最終価格 | 税法・通達による評価 | 当事者合意 |
「相続税評価・M&A価格・手取り」の3つを見る
売却を検討するときには、
① 税務上の持分評価額
② 想定M&A価格
③ 税引後の売主手取り
を並べて確認することをおすすめします。
例えば、
相続税評価額 2億円
想定M&A価格 2億5,000万円
取得費 500万円
という場合には、
単純に2億5,000万円を受け取れるわけではありません。
譲渡所得課税等を考慮した手取り額を確認する必要があります。法人の出資者持分の譲渡は、国税庁上、株式等の譲渡所得制度の対象とされています。
持分評価で確認する資料
相続税評価・M&A評価を行う場合には、少なくとも、
- 現行定款
- 出資者名簿
- 各出資者の出資額
- 出資持分割合
- 過去3~5期程度の決算書
- 固定資産台帳
- 不動産一覧
- 借入金一覧
- リース一覧
- 医業未収金
- 現預金
- 有価証券
- 退職金予定
- 簿外債務
- MS法人との取引
などを確認します。
M&A価格を検討するときに追加で確認する資料
さらに、
- 患者数推移
- 診療単価
- 診療科別売上
- 医師別売上
- 自費・保険割合
- 勤務医一覧
- スタッフ一覧
- 医師退職予定
- テナント契約
- 施設基準
- 医療機器更新予定
- Web集客
- 分院収益
- 医療事故・訴訟
- 行政指導履歴
等を確認します。
持分あり医療法人の評価FAQ
Q1. 出資金100万円なら持分も100万円ですか?
いいえ。
医療法人内部に蓄積された財産等によって、現在の出資持分評価額が払込出資額を大きく上回る場合があります。国税庁は医療法人出資を財産評価基本通達194-2により評価するとしています。
Q2. 持分はいくらで売れますか?
法人ごとに異なります。
相続税評価とは別に、純資産、収益力、営業権、債務、リスク等を踏まえてM&A価格を交渉します。
Q3. 相続税評価額と売却価格は同じですか?
同じとは限りません。
相続税評価は税務上の評価、M&A価格は当事者間の売買価格です。
Q4. 医療法人の相続税評価はどうやって計算しますか?
財産評価基本通達194-2に基づき、取引相場のない株式の評価方法を準用して計算します。
Q5. 純資産価額方式とは何ですか?
法人の資産・負債を税務上の評価方法等で評価し、その純資産を基礎に出資価値を算定する方法です。
Q6. 類似業種比準方式も使いますか?
法人規模等によって関係します。
医療法人について類似業種比準方式を用いる場合、国税庁は業種目を「その他の産業」としています。
Q7. 医療法人はサービス業として評価するのですか?
会社規模区分について、国税庁は「小売・サービス業」の基準を使用するとしています。
Q8. 決算書の純資産がそのまま持分評価ですか?
必ずしも同じではありません。
税務上の資産評価と帳簿価額が異なる場合があります。
Q9. 土地の含み益も影響しますか?
影響する可能性があります。
純資産評価では法人所有財産の評価が重要になります。
Q10. 現預金が多ければ持分評価は高くなりますか?
他の条件にもよりますが、純資産増加は持分評価へ影響する可能性があります。
Q11. 利益が多いと持分評価は高くなりますか?
類似業種比準方式等では利益が評価要素となるため影響し得ます。
Q12. 出資額限度法人なら評価は出資額までですか?
そうとは限りません。
国税庁は出資額限度法人についても財産評価基本通達194-2によって通常の持分あり医療法人と同様に評価するとしています。
Q13. M&Aでは純資産だけで価格を決めますか?
いいえ。
収益力、将来性、患者基盤、人材、営業権、リスク等も価格交渉に影響します。
Q14. 営業権はいくらですか?
一律の公定計算式はありません。
案件の収益力、継続可能性等を踏まえて売主・買主で評価します。
Q15. 赤字法人でも売却できますか?
買主が事業上の価値を認めればM&Aが成立する可能性はあります。
Q16. 出資持分を売ると税金がかかりますか?
個人の法人出資持分の譲渡益は、原則として株式等の譲渡所得制度の対象です。
Q17. 税率は何%ですか?
国税庁は株式等の譲渡益について原則、所得税15%・住民税5%の申告分離課税とし、別途復興特別所得税が所得税額に対して課される仕組みを案内しています。
Q18. 安く子どもに売れば相続税対策になりますか?
慎重な検討が必要です。
持分価値の移転に伴って贈与税等が生じる可能性があります。国税庁も、医療法人の持分割合変動に伴う含み益移転について贈与税が生じる事例を示しています。
Q19. 相続前にM&Aした方がいいですか?
案件によります。
想定M&A価格、相続税評価、譲渡所得税、後継者の有無等を比較して判断します。
Q20. 持分評価は行政書士に依頼できますか?
医療法人の定款、社員・役員、M&A前後の行政手続きについては医療法人業務を取り扱う行政書士へ相談できます。
相続税評価、譲渡所得税、持分評価計算等の税務判断は税理士へ相談する必要があります。
売却を考えている先生向けチェックリスト
持分あり医療法人の売却を検討する場合は、
- 本当に持分あり医療法人か
- 現行定款は最新か
- 出資者は誰か
- 持分割合はいくらか
- 払込出資額はいくらか
- 相続税評価額はいくらか
- 法人純資産はいくらか
- 不動産含み益はあるか
- 年間利益はいくらか
- 借入金はいくらか
- 個人保証はあるか
- 院長依存度は高いか
- 勤務医は残るか
- スタッフは残るか
- MS法人との関係はどうか
- 想定M&A価格はいくらか
- 持分取得費はいくらか
- 売却時税額はいくらか
- 税引後手取りはいくらか
- 相続とM&Aのどちらが有利か
を確認することをおすすめします。
持分あり医療法人を高く売りたい先生へ
医療法人M&Aでは、
「現在の持分評価額」
だけでなく、
「買主から見て、承継後も利益を生み続けられる法人か」
が重要です。
そのため、売却直前だけではなく数年前から、
財務を整理する
↓
行政手続きを整理する
↓
関連当事者取引を整理する
↓
院長依存度を下げる
↓
人材を安定させる
↓
持分・社員・役員関係を整理する
ことが、結果としてM&A価値を高める可能性があります。
当事務所では、医療法人・クリニック関係の行政手続きを専門分野として、
現行定款確認
→ 出資者・社員・役員確認
→ 医療法人行政DD
→ M&Aクロージング設計
→ 新社員入社
→ 旧社員退社
→ 理事・監事変更
→ 理事長変更
→ 司法書士との登記連携
→ 管理医師変更
→ 保健所・地方厚生局等の行政手続き
までサポートしています。
持分の税務評価・M&A価格の財務評価については、税理士・公認会計士・M&A専門家等と連携して進めることが重要です。
「自分の医療法人はいくらで売れる?」
「出資100万円が今いくらになっているか知りたい」
「相続税評価額が高くて心配」
「M&Aと相続のどちらがいい?」
「数年後の売却に向けて今から準備したい」
という先生は、実際に売却を開始する前の段階からご相談ください。
【持分あり医療法人の評価・M&Aについて相談する】
まとめ|「相続税評価額」と「M&A価格」を混同しない
最後に重要なポイントを整理します。
- 払込出資額と現在の持分価値は別
- 出資100万円でも評価が大きく上昇する可能性がある
- 医療法人の出資は財産評価基本通達194-2で評価する
- 取引相場のない株式の評価ルールを準用する
- 純資産価額方式が関係する
- 類似業種比準方式が関係する場合もある
- 類似業種比準方式では医療法人は「その他の産業」
- 会社規模区分では「小売・サービス業」の基準を使用する
- 帳簿純資産と相続税評価上の純資産は同じとは限らない
- 不動産含み益が持分評価へ影響する可能性がある
- 利益蓄積によって持分評価が上昇する可能性がある
- 出資額限度法人でも相続税評価が払込出資額に限定されるとは限らない
- 相続税評価額とM&A価格は別
- M&A価格は売主・買主の交渉で決まる
- M&Aでは純資産だけでなく収益力・将来性を見る
- 営業権・のれんが価格へ影響する場合がある
- 借入金・潜在債務はマイナス要因となり得る
- 院長依存度は重要
- 出資持分譲渡には譲渡所得課税を確認する
- 親族への低額移転には贈与税等の注意が必要
- M&Aと相続は税引後手取りまで比較する
- 持分なし移行も選択肢
- M&A前に行政手続きを整理する
- 出資者名簿・社員名簿を別々に確認する
- 売却数年前から法人価値を高める準備をする
持分あり医療法人を売却するとき、本当に知るべき数字は、
「持分の相続税評価額はいくらか」
だけではありません。
「第三者ならいくらで買うか」
そして、
「税金を払った後、売主の手元にいくら残るか」
まで確認することが重要です。
相続税評価、M&A価格、税引後手取り。
この3つを比較した上で、
第三者M&A
親族承継
持分なし医療法人への移行
のどの方法を選ぶか検討することが、持分あり医療法人の事業承継を成功させるポイントです。
参考となる公的情報・一次情報
本記事は、国税庁「財産評価基本通達194-2(医療法人の出資の評価)」、医療法人の出資評価に関する国税庁質疑応答事例、医療法人持分の譲渡所得関係資料等を基に、2026年8月時点の制度を整理しています。
国税庁の財産評価基本通達194-2では、医療法人の出資について、取引相場のない株式に関する評価規定を準用して評価する仕組みが定められています。
類似業種比準方式を使用する場合、医療法人の業種目については「その他の産業」、法人規模区分については「小売・サービス業」の基準を使用するとの国税庁の質疑応答があります。
また出資額限度法人についても、相続税・贈与税計算上は通常の持分あり医療法人と同様、財産評価基本通達194-2によって評価すると国税庁が示しています。
個人が法人の出資者持分を譲渡した場合の譲渡益については、国税庁が株式等の譲渡所得制度の対象として案内しています。
※本記事は持分あり医療法人の制度・M&A・税務評価に関する一般的な解説です。具体的な相続税評価、譲渡所得、贈与税、M&A価格算定については税理士・公認会計士等へ、M&A契約については弁護士へ、社員・役員・理事長・診療所関係の行政手続きについては医療法人業務を取り扱う行政書士へ個別にご相談ください。
