医療法人M&A・事業承継について、
「基金返還請求権とは何ですか?」
「医療法人を譲渡するとき、基金も買主へ譲渡できますか?」
「理事長が拠出した基金1,000万円は、M&Aのクロージング日に返してもらえますか?」
「基金返還請求権を買主へ譲渡すれば、医療法人の支配権も移りますか?」
「代替基金とは何ですか?」
「医療法人に利益剰余金があれば基金を返還できますか?」
といったご相談があります。
医療法人M&Aで非常に重要なのが、「基金」と「基金返還請求権」の取扱いです。
結論からいうと、
基金返還請求権は、医療法人に対して将来一定の条件の下で基金の返還を受けることのできる財産上の権利です。
ただし、
基金を拠出しているからといって、いつでも自由に医療法人から返金してもらえるわけではありません。
厚生労働省は、基金の返還について、
- 定時社員総会の決議が必要
- 貸借対照表上の純資産額に基づく返還可能額の制限がある
- 返還した基金と同額を「代替基金」として計上する必要がある
- 代替基金は取り崩すことができない
- 基金返還に係る債権には利息を付けることができない
という制度を定めています。
つまり、
「基金1,000万円を入れたから、M&Aのときに1,000万円を自由に引き出せる」
というものではありません。
さらに医療法人M&Aでは、
基金そのものを返還する方法
だけでなく、
基金返還請求権を新しい経営者側へ譲渡する
という方法を検討するケースがあります。
しかし、基金返還請求権を譲渡したからといって、
その瞬間に医療法人から現金を回収できる
わけではありません。
基金返還請求権の譲受人も、医療法人の定款、医療法施行規則、純資産額、定時社員総会決議等の制約を受けます。
本記事では、医療法人・クリニック関係の行政手続きを専門的に取り扱う行政書士の立場から、
- 医療法人の基金とは何か
- 基金返還請求権とは何か
- 基金と出資持分の違い
- 基金と社員・議決権の関係
- 基金返還請求権は譲渡できるのか
- M&Aで基金返還請求権を譲渡する意味
- 基金を返還できる条件
- 返還可能額の考え方
- 定時社員総会決議
- 代替基金とは何か
- なぜ代替基金が必要なのか
- 基金返還請求権の譲渡と対抗要件
- M&Aクロージング時の実務
- 持分あり医療法人との違い
- よくある失敗
まで詳しく解説します。
医療法人M&Aの基金・基金返還請求権について相談したい方へ
基金制度は、株式会社の「資本金」や「株式」と似て見えるため、M&Aの場面で非常に誤解されやすい制度です。
特に、
基金=医療法人の所有権
基金返還請求権=経営権
ではありません。
例えば旧理事長が1,000万円の基金を拠出していても、
その基金返還請求権を新理事長へ譲渡しただけで、
新理事長が医療法人の社員になったり、議決権を取得したりするわけではありません。
医療法人M&Aでは、
社員
理事
理事長
基金
基金返還請求権
をそれぞれ別の法的関係として整理する必要があります。
【医療法人M&A・基金返還請求権について相談する】
医療法人の「基金」とは?
基金とは、持分の定めのない社団医療法人が、その活動の原資となる資金を調達し、財産的基礎を維持するための制度です。
厚生労働省は、基金制度について、社団医療法人に拠出された金銭その他の財産で、医療法人が拠出者に対し定款に従って返還義務を負うものとして位置付けています。
現在新たに設立される医療法人の多くでは、この基金拠出型医療法人が採用されています。
大阪府も、基金制度採用医療法人について、出資持分のない医療法人の一類型と説明しています。
つまり、
基金拠出型医療法人=持分なし医療法人
です。
基金と株式会社の資本金は同じ?
同じではありません。
分かりやすく比較すると次のようになります。
| 項目医療法人の基金株式会社の資本金 | ||
|---|---|---|
| 法人 | 持分なし社団医療法人 | 株式会社 |
| 拠出者 | 基金拠出者 | 株主 |
| 株式 | ない | ある |
| 配当 | 医療法人は剰余金配当禁止 | 可能 |
| 返還 | 一定条件で可能 | 原則自由返還ではない |
| 議決権 | 基金額とは連動しない | 株式数と連動するのが基本 |
| M&A | 社員・役員等を別途変更 | 株式譲渡が代表的 |
特に重要なのが、
基金をたくさん拠出している人ほど、医療法人の議決権が多くなるわけではない
ということです。
基金拠出者と社員は同じ?
必ずしも同じではありません。
例えば、
A医師:基金1,000万円拠出
B:基金0円
C:基金0円
であっても、
A・B・Cの3名が社員であれば、社員総会では原則としてそれぞれ1個の議決権を持ちます。
つまり、
基金=財産関係
社員=ガバナンス
です。
この2つを分けて考えることが、医療法人M&Aでは非常に重要です。
基金拠出型医療法人をM&Aする場合、基金返還請求権だけを見て承継条件を決めることはできません。
社員、理事、理事長、管理医師、法人資産・負債等を含めて医療法人全体の承継スキームを設計する必要があります。
基金を含む医療法人M&A全体の流れについては「医療法人の承継・M&A完全ガイド」で詳しく解説しています。
基金返還請求権とは?
基金返還請求権とは、簡単にいうと、
基金を拠出した者が、法令・定款に定められた条件を満たした場合に、その基金の返還を受けることのできる権利
です。
ただし、
「基金1,000万円を拠出した」
という事実だけで、
いつでも1,000万円を請求できる
わけではありません。
基金返還には厳格な条件があります。
基金返還請求権は「普通の貸付金」と同じ?
違います。
例えば医療法人が理事長から1,000万円を借りた場合、
理事長貸付金
として医療法人に対する貸金返還請求権が発生することがあります。
これに対して基金は、医療法人制度特有の仕組みです。
大きな違いとして、
- 基金返還には医療法上の制限がある
- 定時社員総会決議が必要
- 純資産額による返還可能額制限がある
- 利息を付けられない
- 返還時に代替基金を計上する
- 破産時には劣後的な債権となる
という特徴があります。
厚生労働省通知では、医療法人が破産手続開始決定を受けた場合、基金返還に係る債権は約定劣後破産債権として扱われることも明示されています。
つまり基金は、
銀行借入や理事長借入金と同じ一般債務ではありません。
基金返還請求権は貸借対照表の負債?
ここも重要です。
厚生労働省通知では、
基金及び代替基金は貸借対照表の「純資産の部」に計上
することとされています。
一方、
基金返還に係る債務を負債の部へ計上することはできない
とされています。
したがって、
「基金=医療法人の借入金」
と考えるのは正確ではありません。
基金返還請求権はM&Aで譲渡できる?
ここが本記事の中心です。
結論として、
基金返還請求権は、債権として第三者への譲渡対象となり得ます。
民法第466条では、債権はその性質が譲渡を許さない場合を除き、原則として譲渡することができるとされています。
また、厚生労働省の基金通知も、医療法人自身が一定の場合に自己を債務者とする基金返還債権を取得した際に、その債権を「相当の時期に他に譲渡しなければならない」と定めています。
つまり、基金返還に係る債権が譲渡されること自体は制度上想定されています。
ただし、実際のM&Aで、
特定の基金返還請求権を売主から買主へ譲渡できるか
については、
- 現行定款
- 基金拠出契約書
- 基金募集事項
- 譲渡制限の有無
- 民法上の債権譲渡
- 医療法人への通知・承諾
- 税務
等を個別に確認する必要があります。
したがって、
「医療法人の基金は必ず自由に譲渡できる」
と一律に判断するのは避けてください。
M&Aで基金返還請求権を譲渡するとは?
例えば、
旧理事長A医師が医療法人へ、
基金1,000万円
を拠出しているとします。
そして医療法人M&Aによって、
新理事長B医師へ法人を承継するとします。
このとき、
方法①
医療法人からA医師へ基金1,000万円を返還する
方法②
A医師が持つ基金返還請求権をB医師等へ譲渡する
という方法を検討することがあります。
方法②の場合、
医療法人から現金1,000万円を流出させずに、基金返還請求権の債権者だけを変更する
ことが可能か検討するわけです。
基金返還請求権を譲渡すると何が変わる?
例えば、
変更前:
基金返還請求権者
A医師 1,000万円
から、
変更後:
基金返還請求権者
B医師 1,000万円
という形になります。
ただし医療法人の貸借対照表上、
基金1,000万円
がその場で消えるわけではありません。
また、
医療法人からB医師へ1,000万円が支払われるわけでもありません。
変わるのは、
将来、適法に基金返還が行われる場合に返還を受ける側
です。
基金返還請求権を取得すると医療法人を支配できる?
できません。
これは非常に重要です。
基金返還請求権は、
医療法人に対する財産上の権利
です。
社員総会の議決権とは別です。
例えばB医師が基金返還請求権1,000万円を取得したとしても、
それだけで、
- 社員になる
- 理事になる
- 理事長になる
- 社員総会で議決権を持つ
ということはありません。
医療法人M&Aでは、
基金返還請求権の移転
と、
社員・理事・理事長の変更
を別々に行います。
「基金を買う=医療法人を買う」ではない
株式会社の場合、
株式を100%取得すれば会社支配権を取得するという構造が一般的です。
しかし基金には、そのような性質はありません。
したがって、
「基金1,000万円を1,000万円で譲り受ければ医療法人を買える」
という考え方はできません。
基金は株式ではありません。
基金はいつ返還できる?
厚生労働省通知によれば、基金返還には複数の条件があります。
特に重要なのが、
① 定時社員総会決議
と、
② 返還可能額
です。
基金返還は「定時社員総会」で決める
基金の返還は、
定時社員総会の決議
によって行わなければなりません。
つまり、
M&Aクロージング日に臨時社員総会を開催して、
「今日基金1,000万円を返還します」
と決議すれば自由に返還できる制度ではありません。
ここはM&A実務で特に注意が必要です。
M&A当日に基金を返還できる?
一律にはできません。
基金返還は、
- 対象年度の決算
- 貸借対照表上の純資産額
- 返還可能額
- 定時社員総会
- 定款
等との関係があります。
したがって、
「M&Aクロージング=基金返還日」
と単純に設定すると、医療法上の基金返還制度と矛盾する可能性があります。
そのため実務では、
基金自体を返還せず、基金返還請求権を別途処理する
方法を検討する場合があります。
基金はいくらまで返還できる?
厚生労働省通知では、ある会計年度の貸借対照表上の純資産額が、
基金・代替基金等の一定額
を超える場合に、その超過額を上限として基金を返還できる仕組みになっています。
簡単に表現すると、
医療法人の財産的基礎を削ってまで基金を返してはいけない
という制度です。
例えば基金1,000万円なら1,000万円全額返せる?
必ずしも返せません。
例えば基金が1,000万円あっても、
法人の純資産状況によっては、
返還可能額が、
300万円
しかない場合もあり得ます。
その場合、
「基金残高1,000万円だから1,000万円返してほしい」
という請求をそのまま実行することはできません。
基金返還可能額はどう計算する?
厚生労働省通知では、ある会計年度の貸借対照表上の純資産額が、
- 基金(代替基金を含む)の総額
- 資産を時価評価している場合の一定の評価益
等の合計を超えている場合、その超過額を基金返還総額の限度としています。
したがって、
単純に、
利益剰余金=基金返還可能額
という計算ではありません。
実際の返還額については、決算書を確認し、税理士等とも連携して判断してください。
基金返還には期限がある
厚生労働省通知では、基金返還可能額について、
対象会計年度の次の会計年度における、
決算を決定する定時社員総会の日の前日まで
の期間に限って返還できる仕組みが示されています。
つまり基金返還は、
決算と社員総会のタイミング
と密接に関係しています。
代替基金とは?
基金返還を理解する上で非常に重要なのが、
代替基金
です。
厚生労働省通知では、
基金を返還する場合、返還した基金と同額を代替基金として計上しなければならない
とされています。
例えば、
基金1,000万円
のうち、
500万円を返還したとします。
その場合、
単純に純資産が、
基金1,000万円
↓
基金500万円
となって終わるわけではありません。
返還した500万円について、
代替基金500万円
を計上します。
基金返還後のイメージ
例えば返還前が、
基金 1,000万円
代替基金 0円
だったとします。
500万円返還すると、
基金 500万円
代替基金 500万円
というイメージになります。
つまり、
基金+代替基金の合計額は1,000万円のまま
維持されることになります。
なぜ代替基金が必要なの?
基金制度の目的の一つが、
医療法人の財産的基礎の維持
だからです。
もし基金1,000万円を拠出して、
法人が利益を出したら、
翌年すぐ1,000万円を返して、
純資産の基礎までなくせるのであれば、基金制度の意味が弱くなります。
そこで、基金を返還した場合には、その金額を代替基金へ振り替え、
医療法人内部に恒久的な財産的基礎を残す
仕組みになっています。
代替基金は後で取り崩せる?
できません。
厚生労働省通知では、
代替基金は取り崩すことができない
と明記されています。
したがって、
基金1,000万円を全部返還して、
代替基金1,000万円が計上された後に、
「今度は代替基金1,000万円も理事長へ返そう」
ということはできません。
基金返還は医療法人の純資産を減らさない?
会計上の構造を理解する必要があります。
基金を返還すると現金は法人外へ流出します。
一方、純資産の部では、
基金 → 代替基金
という振替が行われます。
そのため代替基金制度によって、法人の財産的基礎に関する会計上の拘束を維持する仕組みとなっています。
具体的な仕訳・税務については税理士へ確認してください。
基金返還請求権には利息を付けられる?
できません。
厚生労働省通知・医療法施行規則では、
基金の返還に係る債権には利息を付することができない
とされています。
例えば、
基金1,000万円
について、
「年利3%で10年間だから1,300万円返してほしい」
という制度ではありません。
基金は投資商品ではありません。
基金返還請求権を譲渡するときに利息を付けられる?
基金返還債権そのものについて利息を付けることはできません。
一方、基金返還請求権の売買価格をどのように設定するかについては、債権譲渡契約・税務等の問題が別途生じます。
例えば額面1,000万円の基金返還請求権を、
必ず1,000万円で売買しなければならないのか、
時価評価はどうするのか、
という論点は医療法の基金返還だけでは解決しません。
M&A契約・税務面について弁護士・税理士と検討してください。
基金返還請求権の譲渡には契約書を作るべき?
実務上は、明確な書面を作成することをおすすめします。
例えば、
基金返還請求権譲渡契約書
等を作成し、
- 譲渡人
- 譲受人
- 対象医療法人
- 基金額
- 拠出日
- 対象となる債権
- 譲渡日
- 譲渡価格
- 医療法人への通知・承諾
- 表明保証
などを明確にします。
債権譲渡したことを医療法人に知らせる必要はある?
債権譲渡には民法上の対抗要件の問題があります。
そのため、
「売主と買主の間で契約書だけ作って終わり」
ではなく、
医療法人に対する通知・承諾や、第三者に対する対抗要件まで確認する必要があります。
具体的な債権譲渡契約・対抗要件については弁護士に確認してください。
医療法人自身が基金返還請求権を買い取れる?
原則自由ではありません。
厚生労働省通知では、社団医療法人が、
自らを債務者とする基金返還債権
を取得できるケースを限定しています。
認められているのは、
- 合併または他法人の事業全部譲受け
- 医療法人の権利実行上必要な場合
- 無償取得
などです。
さらに、合併・権利実行によって取得した場合には、その債権は消滅せず、医療法人は相当の時期に他へ譲渡しなければならないとされています。
この点からも、
基金返還債権は一般の出資持分とは異なる特殊な権利であることが分かります。
医療法人M&Aでは基金をどう処理する?
代表的には次のような選択肢を検討します。
方法① 基金をそのまま残す
旧理事長等が基金返還請求権者のまま、医療法人だけ新体制へ承継します。
制度上は考えられますが、
旧経営者が将来基金返還を受ける立場として残る
ことになります。
完全な経済的切離しを希望するM&Aでは、慎重に検討します。
方法② 基金返還請求権を買主側へ譲渡する
旧基金拠出者から、新理事長等へ基金返還請求権を譲渡する方法です。
医療法人からその場で現金を流出させず、債権者を新体制へ移す方法として検討できます。
方法③ 適法に基金を返還する
返還条件を満たし、定時社員総会決議等を経て旧基金拠出者へ返還します。
ただし、
クロージング日に自由に返還できるものではありません。
どの方法が一番いい?
一律には決められません。
例えば、
- 基金残高
- 医療法人の純資産
- M&A時期
- 決算時期
- 定時社員総会時期
- 売主・買主の希望
- 譲渡価格
- 税務
によって変わります。
そのため、M&A基本合意後の早い段階で基金の存在を確認してください。
M&Aクロージング直前に基金があると判明したら?
よくありません。
基金は、
貸借対照表
だけでなく、
- 定款
- 基金拠出契約書
- 基金募集関係書類
- 設立時書類
等を確認して把握してください。
「決算書の純資産に基金1,000万円と書いてあるからA先生の基金だろう」
と推測するだけでは不十分です。
誰が拠出者なのかを確認します。
基金拠出者が亡くなっている場合は?
基金返還請求権は財産的権利であるため、相続関係を確認する必要があります。
例えば創業者が基金1,000万円を拠出した後に死亡している場合、
現在誰が基金返還請求権を承継しているか確認します。
M&A前に、
- 相続人
- 遺産分割
- 相続関係資料
等を確認する必要が生じるケースがあります。
基金返還請求権と出資持分は何が違う?
非常に重要なので比較します。
| 項目基金返還請求権出資持分 | ||
| 法人 | 基金拠出型・持分なし | 持分あり医療法人 |
| 新設 | 現在も利用可能 | 現在は新設不可 |
| 返還 | 法令上の厳格な条件あり | 定款等に基づく持分払戻し |
| 代替基金 | 必要 | なし |
| 利息 | 不可 | ― |
| 議決権 | 基金額と無関係 | 持分割合と議決権も原則別 |
| M&A | 債権として整理 | 財産権として別途整理 |
基金返還請求権と出資持分を混同しないこと
が非常に重要です。
基金と出資持分は、名称が似た財産関係の制度として混同されることがありますが、法的な性質は異なります。
特にM&A・相続・承継では、対象法人が持分あり医療法人なのか基金拠出型の持分なし医療法人なのかを最初に確認することが重要です。
出資持分の仕組みについては「持分あり医療法人の出資持分完全ガイド」で詳しく解説しています。
基金返還請求権は「持分なし医療法人の株式」ではない
この表現は特に注意してください。
持分なし医療法人には、
株式に相当する所有権的な権利
はありません。
基金返還請求権はあくまで、
一定条件の下で基金返還を受ける債権
です。
したがって、
基金返還請求権を100%取得しても、
社員総会を100%支配できるわけではありません。
医療法人M&Aで社員変更と基金譲渡はどちらを先にする?
一律ではありません。
M&A契約上、
- 社員変更
- 理事変更
- 理事長変更
- 基金返還請求権譲渡
をクロージング条件として相互に連動させることがあります。
重要なのは、
基金返還請求権の譲渡だけで経営権移転が完了したと考えない
ことです。
クロージング日の一例
例えば、
売主:A医師
買主:B医師
基金:1,000万円
の場合、
クロージング前
社員:A・C・D
理事長:A
基金返還請求権者:A
クロージング
新社員入社
↓
社員・役員変更
↓
B医師を新理事長に選出
↓
A医師退社・退任
↓
基金返還請求権譲渡契約
↓
医療法人への債権譲渡通知等
↓
登記・行政届出
クロージング後
社員:B・E・F
理事長:B
基金返還請求権者:B等
という設計を検討することがあります。
具体的な順序は、定款・M&A契約・法律関係に応じて調整してください。
基金返還請求権の譲渡価格はどう決める?
これは税務・法務上重要な論点です。
額面が1,000万円だからといって、
必ず時価も1,000万円
とは限らない可能性があります。
なぜなら基金返還請求権は、
- 返還時期が不確定
- 返還可能額の制限がある
- 利息が付かない
- 破産時に劣後する
という性質があるからです。
したがってM&Aで売買価格を設定する場合には、税理士等による検討をおすすめします。
医療法人の財務が悪ければ基金を返してもらえない?
返還可能額がなければ、原則としてその時点で基金返還はできません。
基金返還請求権を持っていることと、
今すぐ現金化できること
は別です。
例えば基金1,000万円の権利を持っていても、医療法人の財務状況によっては長期間返還できない可能性があります。
医療法人が破産したら基金はどうなる?
厚生労働省通知では、医療法人が破産手続開始決定を受けた場合、
基金返還債権は約定劣後破産債権
として扱われるとされています。
つまり一般的な債権より弁済順位が低くなる可能性があります。
この点も、基金返還請求権の経済価値を判断する上で重要です。
医療法人M&Aで基金返還請求権を確認するDD項目
デューデリジェンスでは最低限、次を確認してください。
- 現行定款
- 基金制度の有無
- 基金残高
- 基金拠出者
- 基金拠出日
- 基金拠出契約書
- 基金募集事項
- 過去の基金返還履歴
- 代替基金残高
- 過去の追加基金
- 基金返還請求権譲渡履歴
- 現在の債権者
- 譲渡制限等の有無
- 純資産額
- 返還可能額
基金返還請求権でよくある失敗① 基金=株式だと思う
最も典型的な誤解です。
基金返還請求権を持っていても社員総会議決権は取得できません。
よくある失敗② M&A当日に全額返還できると思う
基金返還には定時社員総会決議・返還可能額等の条件があります。
クロージング日だからという理由では返還できません。
よくある失敗③ 利益剰余金があれば必ず返せると思う
基金返還可能額は単純な利益剰余金だけで判断するものではありません。
純資産・基金・代替基金等を確認します。
よくある失敗④ 代替基金を知らない
基金返還後に同額の代替基金を計上する必要があります。
「返還したら基金が完全になくなる」という理解は正しくありません。
よくある失敗⑤ 代替基金も後で返せると思う
代替基金は取り崩すことができません。
よくある失敗⑥ 基金返還請求権を譲渡すればすぐ回収できると思う
譲受人も基金返還に関する法令上の制限を受けます。
債権者が変わっても返還条件は変わりません。
よくある失敗⑦ 債権譲渡契約だけ作って医療法人へ何も通知しない
債権譲渡には対抗要件の問題があります。
医療法人への通知・承諾等を含めて弁護士と確認してください。
よくある失敗⑧ 基金拠出契約書を確認しない
定款だけでなく、設立時・追加拠出時の基金関係書類も確認してください。
よくある失敗⑨ 基金と理事長借入金を混同する
決算書上の表示・法的性質が異なります。
それぞれ別々に整理してください。
よくある失敗⑩ 持分あり医療法人と基金拠出型を混同する
「基金1,000万円」と「出資持分1,000万円」は全く同じものではありません。
まず医療法人の類型を確認してください。
基金返還請求権に関するFAQ
Q1. 医療法人の基金とは何ですか?
持分の定めのない社団医療法人が活動資金を調達し、財産的基礎を維持するための制度です。
Q2. 基金は資本金ですか?
株式会社の資本金とは異なります。
基金には一定の返還制度がありますが、基金額と社員総会の議決権は連動しません。
Q3. 基金返還請求権とは何ですか?
法令・定款上の条件を満たした場合に、基金拠出者等が医療法人から基金返還を受けるための債権です。
Q4. 基金はいつでも返してもらえますか?
できません。
定時社員総会決議、返還可能額等の条件があります。
Q5. M&Aのクロージング日に返してもらえますか?
クロージング日であることだけを理由に返還できるわけではありません。
返還条件を満たしているか別途確認する必要があります。
Q6. 基金返還請求権は第三者へ譲渡できますか?
債権として譲渡対象となり得ます。
厚生労働省の制度も基金返還債権の譲渡を前提とする規定を置いています。
ただし、具体的な譲渡では定款、基金契約、民法上の対抗要件等を確認してください。
Q7. 基金返還請求権を買えば医療法人を取得できますか?
できません。
基金返還請求権と社員・理事・理事長の地位は別です。
Q8. 基金を1,000万円持っていれば議決権も大きいですか?
基金額と社員総会議決権は連動しません。
Q9. 基金に利息は付きますか?
付きません。
基金返還に係る債権には利息を付することができません。
Q10. 基金を一部だけ返還できますか?
返還可能額の範囲内で、一部返還を検討できます。
定時社員総会決議等が必要です。
Q11. 基金を返還するとどうなりますか?
返還した基金に相当する金額を代替基金として計上します。
Q12. 代替基金とは何ですか?
基金返還時に、返還した基金と同額を純資産の部へ計上するものです。
医療法人の財産的基礎を維持する目的があります。
Q13. 代替基金は後で取り崩せますか?
できません。
厚生労働省通知で取り崩し禁止とされています。
Q14. 基金1,000万円を全部返したら代替基金も1,000万円になりますか?
原則として、返還した基金に相当する額を代替基金として計上します。
Q15. 基金返還可能額は利益剰余金と同じですか?
単純に同じではありません。
貸借対照表上の純資産額、基金・代替基金等を基礎として計算します。
Q16. 医療法人の業績が悪いと基金を返してもらえませんか?
返還可能額を満たさなければ、その時点では返還できない可能性があります。
Q17. 基金返還請求権を譲渡した場合、医療法人への通知は必要ですか?
民法上の債権譲渡の対抗要件を検討する必要があります。
個別の契約については弁護士へ確認してください。
Q18. 基金返還請求権は相続できますか?
財産上の権利として相続関係を確認する必要があります。
拠出者が死亡している場合は現在の権利者を確認してください。
Q19. 基金と出資持分は同じですか?
違います。
基金制度採用医療法人は持分なし医療法人です。
Q20. 基金返還請求権の譲渡は行政書士に相談できますか?
医療法人の定款・基金制度・社員・役員変更等の行政手続きについては、医療法人業務を取り扱う行政書士へ相談できます。
債権譲渡契約そのものの法的助言・契約設計については弁護士、税務については税理士等と連携して進めることが重要です。
医療法人M&Aで基金がある場合のクロージングチェックリスト
基金拠出型医療法人を承継するときは、最低限次を確認してください。
- 医療法人は基金制度採用法人か
- 現行定款に基金規定があるか
- 基金総額はいくらか
- 代替基金はいくらか
- 誰が基金を拠出したか
- 現在誰が基金返還請求権者か
- 基金拠出契約書はあるか
- 過去に基金返還があるか
- 過去に基金返還請求権譲渡があるか
- 現在の純資産はいくらか
- 基金を返還するのか
- 基金返還請求権を譲渡するのか
- 売主側へ残すのか
- 債権譲渡価格はいくらか
- 医療法人への通知・承諾はどうするか
- 税務上の処理はどうするか
- M&A契約にどう反映するか
- 社員変更との関係
- 理事・理事長変更との関係
- クロージング後の権利関係
医療法人M&Aを検討している方へ
医療法人M&Aで基金がある場合、
「基金1,000万円があります」
という情報だけでは不十分です。
本当に確認すべきなのは、
誰が基金返還請求権を持っているのか
です。
さらに、
その権利を売主に残すのか
買主へ譲渡するのか
基金自体を返還するのか
を決める必要があります。
そして基金返還請求権を買主へ譲渡する場合でも、
基金返還請求権=医療法人の経営権
ではありません。
別途、
社員変更
理事変更
理事長変更
が必要です。
医療法人M&Aでは、
ガバナンスの移行
と、
財産上の権利の移行
を分けて設計することが非常に重要です。
当事務所では、医療法人・クリニック関係の行政手続きを専門分野として、
現行定款確認
→ 社員・役員DD
→ 基金制度確認
→ 基金拠出者・返還請求権確認
→ M&Aクロージング設計
→ 社員入退社
→ 理事・理事長変更
→ 役員変更届
→ 登記連携
→ 管理医師等の行政手続き
までサポートしています。
基金返還請求権の譲渡契約そのものについては弁護士、税務については税理士と連携しながら進めることが重要です。
「医療法人を法人ごと譲渡したい」
「基金1,000万円をどう処理したらいいか分からない」
「基金返還請求権を買主へ譲渡したい」
「基金はM&A時に返還できるのか知りたい」
「持分なのか基金なのか分からない」
という場合には、M&Aの最終契約・クロージング前にご相談ください。
【医療法人M&A・基金返還請求権について相談する】
まとめ|基金返還請求権は「経営権」ではなく「財産上の権利」
最後に重要なポイントを整理します。
- 基金制度採用医療法人は持分なし医療法人の一類型
- 基金は株式会社の株式・資本金と同じではない
- 基金拠出者と社員は別
- 基金額と社員総会議決権は連動しない
- 基金返還請求権は財産上の債権
- 債権として第三者への譲渡対象となり得る
- 具体的な譲渡では定款・基金契約等の確認が必要
- 基金返還請求権を取得しても医療法人の経営権は取得しない
- M&Aでは社員・理事・理事長を別途変更する
- 基金返還は自由にできない
- 基金返還には定時社員総会決議が必要
- 貸借対照表上の純資産に基づく返還可能額制限がある
- M&Aクロージング日だから返還できるわけではない
- 基金返還債権には利息を付けられない
- 基金を返還したら同額の代替基金を計上する
- 代替基金は取り崩すことができない
- 基金返還請求権は一般の貸付金とは性質が異なる
- 医療法人破産時には基金返還債権は劣後的に扱われる
- M&A前のDDで基金拠出契約・権利者を確認する
- ガバナンス移行と財産権移行を別々に設計する
医療法人M&Aにおける基金の最大のポイントは、
「基金を誰が拠出したか」だけではありません。
「現在誰が基金返還請求権を持ち、承継後その権利を誰に持たせるのか」
です。
そして、
基金返還請求権を譲渡すること
と、
医療法人の経営権を移すこと
は全く別です。
社員、理事、理事長というガバナンスと、基金返還請求権という財産上の権利を分けて整理することが、医療法人M&Aを安全に進める重要なポイントです。
参考となる公的情報・一次情報
本記事は、医療法、医療法施行規則、厚生労働省「医療法人の基金について」、各都道府県が公表する医療法人関係資料及び民法を基に、2026年8月時点の制度を整理しています。
厚生労働省は、基金返還について、定時社員総会決議、純資産額等に基づく返還可能額の制限、返還基金相当額の代替基金計上、代替基金の取崩し禁止、基金返還債権への利息禁止等を定めています。
また厚生労働省通知では、医療法人自身が一定の場合に自己を債務者とする基金返還債権を取得した場合、当該債権を他へ譲渡することを予定する規定が置かれており、基金返還債権の譲渡という法的構造自体が制度上想定されています。
一方、個別の基金返還請求権の譲渡については、民法第466条以下の債権譲渡制度、医療法人の定款、基金拠出契約書、譲渡制限、対抗要件等を確認する必要があります。
※本記事は医療法人制度・行政実務に関する一般的な解説です。具体的な基金返還請求権譲渡契約の作成・法的判断については弁護士、債権評価・譲渡価格・課税関係については税理士等と連携して個別に検討してください。
