医療法人のM&A・第三者承継について、
「社員・理事を全員入れ替えることはできますか?」
「医療法人を買った場合、社員と理事はどちらを先に変更すればいいですか?」
「旧社員が全員退社して、新しい社員に入れ替わるのは同じ日でも大丈夫ですか?」
「新理事長はいつ選任すればいいですか?」
「旧理事長を先に辞任させても大丈夫でしょうか?」
「M&Aのクロージング日に社員・理事・理事長を全部変更したいのですが、どの順番で議事録を作ればいいですか?」
といったご相談があります。
医療法人M&Aで非常に重要なのが、**社員・理事・監事・理事長を変更する「順番」**です。
結論からいうと、持分の定めのない社団医療法人を法人ごと第三者へ承継する場合には、株式会社の株式譲渡のように、
「株式を100%譲渡してクロージング完了」
という単純な方法をとることはできません。
社団医療法人では、
社員総会
が法人の重要な意思決定を行い、
理事会
が業務執行の決定等を行い、
理事長
が法人を代表します。
厚生労働省は、社団医療法人について社員総会、理事、理事会及び監事を置くことを求めており、モデル定款でも、理事・監事は社員総会の決議によって選任し、理事長は理事会において理事の中から選出する構造となっています。
そのため医療法人M&Aでは、
誰が新しい社員になるのか
↓
誰が新しい理事・監事になるのか
↓
誰を新しい理事長にするのか
という順番を、法人の機関が途切れないよう慎重に設計する必要があります。
特に危険なのが、
旧社員を先に全員退社させる
ことや、
旧理事・旧理事長を先に全員辞任させる
ことです。
その時点で社員総会や理事会を適切に開催できない状態になれば、その後の新役員選任等に問題が生じる可能性があります。
したがって医療法人M&Aでは、単に「全員入れ替える」のではなく、
旧体制から新体制へ、法人機関を切れ目なく橋渡しする
という発想が非常に重要です。
本記事では、医療法人・クリニック関係の行政手続きを専門的に取り扱う行政書士の立場から、
- 医療法人M&Aで社員を総入替えできるのか
- 社員と理事はどちらを先に変更するのか
- 社員総会は誰が開催するのか
- 新社員をいつ入社させるのか
- 旧社員はいつ退社するのか
- 新理事・監事を誰が選任するのか
- 新理事長はいつ選ぶのか
- 旧理事長はいつ辞任するのか
- 同じ日に全員変更できるのか
- クロージング日の具体的な進め方
- 社員総会議事録・理事会議事録の作成順序
- 役員変更届
- 理事長変更登記
- 管理医師変更
- 医療法人M&Aでよくある失敗
まで詳しく解説します。
医療法人M&Aの社員・理事総入替えについて相談したい方へ
医療法人M&Aでは、
「契約書を締結した日」
と、
「医療法人の支配・運営体制が実際に新しい側へ移る日」
を一致させるために、クロージング手続きを慎重に設計する必要があります。
特に、
- 旧社員3名
- 旧理事3名
- 旧監事1名
- 旧理事長1名
から、
- 新社員3名
- 新理事3名
- 新監事1名
- 新理事長1名
へ一斉に変更する場合、
単純に辞任届・退社届を全員から集めるだけでは足りません。
どの社員総会を旧社員で開催し、どの社員総会を新社員で開催するのか
誰が新理事を選任するのか
新理事会をいつ開催するのか
まで明確に設計する必要があります。
M&Aの最終契約を締結する前に、クロージング当日の社員総会・理事会・登記・行政手続きまで確認することをおすすめします。
医療法人の社員・理事を大幅に入れ替える代表的な場面が、第三者へのM&A・事業承継です。ただし、医療法人M&Aは株式会社の株式譲渡とは仕組みが異なるため、社員・理事・理事長・管理医師・出資持分または基金まで一体として承継方法を設計する必要があります。
医療法人M&A全体の仕組みや承継手続きについては「医療法人の承継・M&A完全ガイド」で詳しく解説しています。
医療法人M&Aで社員・理事を全員変更できる?
適切な手続きを行えば、社員・理事・監事・理事長を新体制へ変更することは可能です。
例えば、
変更前
社員
A・B・C
理事
A・B・C
理事長
A医師
監事
D
という医療法人を、
変更後
社員
E・F・G
理事
E・F・G
理事長
E医師
監事
H
という体制へ変更することが考えられます。
ただし、これは、
A・B・C・Dが辞めて、E・F・G・Hが入れば終わり
という意味ではありません。
医療法人内部で、
社員の入退社
と、
役員の選任・退任
と、
理事長の選出
を、それぞれ適法に成立させなければなりません。
社員・理事・理事長の役割を最初に理解する
医療法人M&Aのクロージングを理解するには、
社員・理事・理事長の違い
を理解する必要があります。
| 区分主な役割 | |
|---|---|
| 社員 | 社員総会を構成し、重要事項を決定 |
| 理事 | 医療法人の業務執行を担う役員 |
| 理事会 | 業務執行の決定、理事長選出等 |
| 理事長 | 医療法人を代表 |
| 監事 | 業務・財産状況等を監査 |
この中でM&A時に最も重要なのが社員です。
なぜ医療法人M&Aでは「社員」が重要なのか?
株式会社なら、株主総会の議決権は通常、保有株式数と結び付きます。
しかし社団医療法人には株式会社と同じ株式制度がありません。
医療法人の社員は、社員総会で法人の重要事項について議決します。
その重要事項の一つが、
理事・監事の選任
です。
厚生労働省の医療法人定款例でも、
理事及び監事は社員総会の決議によって選任する
とされています。
つまり、
誰が社員なのか
によって、
誰を理事・監事にできるのか
に大きな影響があります。
理事長だけ変更してもM&Aが完了しない理由
例えば、
旧社員
A
B
C
のまま、
理事長だけを、
A医師 → E医師
へ変更したとします。
一見すると、
「代表者が買主側になったのでM&A完了」
のように見えます。
しかし、社員総会は依然として、
A
B
C
という旧オーナー側で構成されています。
社員総会は理事・監事の選任等を行う重要な機関です。
したがって、
理事長だけ新経営者側
社員総会は旧経営者側
という状態は、M&A後のガバナンスとして大きな問題になる可能性があります。
社員と理事はどちらを先に変更する?
ここがこの記事で最も重要な部分です。
結論として、
全国すべての医療法人について「必ずこの順番」と決められた一つの方法があるわけではありません。
現行定款の社員入社・退社に関する規定、社員総会の成立要件、理事・監事選任方法等を確認して設計します。
ただし、
旧社員全員を先に退社させてしまう
ことは避けるべきです。
なぜなら、その後に新しい理事・監事を選任する社員総会を誰が構成するのかという問題が生じるからです。
実務上の基本的な考え方
医療法人M&Aのクロージングでは、
旧体制が存在している間に、新体制へ権限を橋渡しする
という考え方が重要です。
典型的には、
新社員を加入させる
↓
新旧社員が存在する状態を作る
↓
必要な社員総会で新理事・新監事を選任する
↓
新理事が就任する
↓
新しい理事会で新理事長を選出する
↓
旧理事・旧社員等が退任・退社する
という組み方を検討します。
ただし、実際の順番はその医療法人の定款及びM&A条件に合わせて設計してください。
なぜ「新社員入社→旧社員退社」が安全なのか?
例えば社員が、
A・B・C
の3名しかいない医療法人で、
A・B・C全員が先に退社すると、
その瞬間、
社員が0人
になってしまいます。
その後、
「E・F・Gを社員にします」
と言っても、
新社員入社について誰がどのような法人意思決定を行うのかという問題が生じます。
そのため一般的には、
法人の意思決定機関をなくさない
ようにクロージングを設計します。
医療法人M&Aでは、旧社員を退社させることだけを先に考えるのではなく、新社員の入社時期を含めて社員総会の構成が途切れないように設計することが重要です。社員の入社・退社については、現行定款、社員総会、社員名簿等も確認する必要があります。
社員の具体的な入社・退社手続きについては「医療法人の社員変更完全ガイド」で詳しく解説しています。
ただし「新社員を先に入れれば必ずOK」ではない
ここも重要です。
社員の入社方法は現行定款に従います。
厚生労働省の医療法人定款例には、社員の入社・退社について定めがあり、過去のモデル定款でも社員の入社・退社等を社員総会の議決事項とする例があります。
したがって、
「M&A契約を締結したから買主側が自動的に社員になる」
わけではありません。
必ず現行定款を確認してください。
医療法人M&Aのクロージングモデル
ここから、分かりやすいモデルケースで説明します。
旧体制
社員:A・B・C
理事長:A医師
理事:A・B・C
監事:D
新体制
社員:E・F・G
理事長:E医師
理事:E・F・G
監事:H
とします。
STEP1 M&A実行前に現行定款を確認
最初に必ず定款を確認します。
特に見るのは、
- 社員の資格
- 社員の入社方法
- 社員の退社方法
- 社員総会招集方法
- 社員総会定足数
- 社員総会決議要件
- 理事数
- 監事数
- 理事の選任方法
- 理事長の選出方法
- 役員任期
です。
M&Aのクロージング議事録を先に作ってから定款を見る
という順番は避けてください。
STEP2 現在の社員名簿を確認
登記簿だけでは現在の社員は分かりません。
社員は通常、法人登記事項ではないからです。
そのため、
- 社員名簿
- 過去の社員総会議事録
- 入社関係資料
- 退社関係資料
から、現在の社員を確定します。
ここが曖昧なままM&Aを進めるのは危険です。
STEP3 現在の理事・監事・任期を確認
次に、
- 理事
- 理事長
- 監事
- 就任日
- 任期満了日
を確認します。
医療法人役員の任期は2年を超えることができません。
過去の役員変更が適切に行われておらず、
「実は現在の理事の任期がすでに切れていた」
ということがないか確認してください。
STEP4 新社員候補の適格性を確認
新社員E・F・Gについて、
- 実在する人物か
- 社員就任意思があるか
- 法人の意思決定へ実際に参加できるか
- MS法人等との関係
- 利害関係
などを確認します。
社員は単なる名義人ではありません。
M&A後の社員総会を構成する重要なメンバーです。
STEP5 新理事・監事候補を確認
次に、
- 新理事E
- 新理事F
- 新理事G
- 新監事H
について役員就任の可否を確認します。
特に監事については、
- 理事との親族関係
- 医療法人との顧問関係
- 取引関係
- MS法人との関係
など、申請先自治体の運用を確認します。
大阪府は医療法人と取引関係にある営利法人の役員の医療法人役員就任を原則認めないと案内しています。
STEP6 新社員を入社させるための法人内部手続きを行う
現行定款に従って、新社員E・F・Gを社員へ加入させます。
ここではまだ旧社員A・B・Cを退社させず、
例えば、
社員
A
B
C
E
F
G
という新旧社員が併存する状態を一時的に作る方法を検討します。
これによって、法人の社員総会機能を維持しながら新体制へ移行できます。
STEP7 新社員を含む社員名簿を作成する
社員加入が適切に成立したら、
社員名簿
を更新します。
医療法人M&Aでは、
「誰がいつから社員になったのか」
を明確にしてください。
特にクロージング日には、
時系列
が重要です。
STEP8 社員総会で新理事・監事を選任する
厚生労働省の現行のモデル定款では、
理事及び監事は社員総会の決議によって選任する
とされています。
そのため、新理事E・F・G、新監事Hについて、社員総会で選任します。
ここで重要なのは、
誰がこの社員総会の社員なのか
です。
その時点で有効な社員によって社員総会を開催する必要があります。
STEP9 新理事・監事が就任承諾する
社員総会で選任されただけではなく、各候補者が就任を承諾します。
自治体への役員変更届では、
- 就任承諾書
- 履歴書
- 住民票
- 医師・歯科医師免許証の写し
などが求められる場合があります。
東京都では2026年3月から役員変更届に係る一部添付書類・押印の取扱いが見直されていますので、最新様式を使用してください。
STEP10 新理事による理事会を開催する
新理事E・F・Gが適切に就任したら、新しい理事会を開催します。
厚生労働省のモデル定款では、
理事長は理事会において、理事の中から選出する
構造になっています。
そこで、
E医師を新理事長に選出
します。
STEP11 新理事長を選出する
理事長は原則として医師・歯科医師である理事から選出します。
したがって、
E医師について、
社員になるだけでは理事長になれません。
まず理事となり、その後理事会で理事長として選出される必要があります。
新しい理事を選任した後、新体制の理事長を選任する場合には、理事長選任だけでなく、代表者変更登記や所管行政庁への届出等も確認する必要があります。M&Aのクロージング日に変更する場合には、社員・理事の変更と理事長変更の順序をあらかじめ整理しておくことが重要です。
理事長交代の具体的な手続きについては「医療法人の理事長変更完全ガイド」で詳しく解説しています。
STEP12 旧理事長の退任時期を合わせる
ここで重要なのが旧理事長A医師の退任日です。
新理事長E医師の就任との間に、
代表者不在期間
を作らないよう設計します。
例えば、
2026年10月1日付でA医師退任
2026年10月1日付でE医師就任
という形で同日変更を行うことなどが考えられます。
ただし具体的な効力発生日は、議事録、辞任届、就任承諾書、登記等を一致させてください。
STEP13 旧理事・旧監事を退任させる
新体制が成立したことを確認した上で、
- 旧理事B
- 旧理事C
- 旧監事D
等を退任させます。
この際も、
定款上の役員最低人数を下回らないか
確認してください。
大阪府も医療法人には原則として理事3名以上・監事1名以上が必要であることを案内しています。
STEP14 旧社員を退社させる
新体制が成立した後、
A・B・C
を社員から退社させます。
ただし退社方法は定款によります。
社員本人からの退社届だけで成立する定款なのか、
社員総会の承認が必要なのか、
必ず現行定款を確認してください。
STEP15 最終的な社員名簿を作成する
クロージング後は、
社員:
E
F
G
という新しい社員名簿に更新します。
M&A後の社員名簿は非常に重要です。
将来、
- 役員変更
- 定款変更
- 分院開設
- 次の承継
等を行う際の基礎資料になります。
クロージングの順番を図にすると
一例として、次のようなイメージになります。
現行定款・社員・役員確認
↓
新社員加入手続き
↓
新旧社員併存状態
↓
社員総会
↓
新理事・新監事選任
↓
新理事・新監事就任
↓
新理事会
↓
新理事長選出
↓
旧理事長・旧役員退任
↓
旧社員退社
↓
新体制完成
↓
理事長変更登記
↓
役員変更届・登記事項変更届
↓
必要に応じて管理医師・厚生局等の変更
この順番はあくまでモデルです。
現行定款・現在の人数・M&A契約内容によって変更してください。
同じ日に全部変更できる?
実務上、同一日をクロージング日として社員・役員・理事長変更を連動させることは検討できます。
ただし、
「全部10月1日だから順番はどうでもいい」
ということではありません。
同じ日でも、
どの決議が先に有効になったのか
という論理的な順序が必要です。
例えば、
新理事がまだ選任されていないのに、
その新理事3名で理事会を開催したことにはできません。
「午前10時社員総会、午前11時理事会」のようにする?
案件によっては、クロージング手続きを分かりやすくするため、
10:00
社員加入・社員総会
10:30
新理事・監事就任
11:00
新理事会
11:30
新理事長就任
12:00
旧体制退社・退任
といったように、書面上・実務上の順序を明確にする場合があります。
必ずしも時刻まで記載する必要があるわけではありませんが、
後から見ても前後関係が分かる状態
にしておくことが重要です。
旧社員は新理事を選任していい?
ケースによります。
旧社員が有効な社員である間は社員総会へ参加できます。
しかしM&Aの経済的実態として、
旧オーナー側が新経営陣を選任し、その後退社する
という設計が適切か、
あるいは、
新社員を先に加入させて新旧社員で決議する
方がよいかは、定款・契約・ガバナンス設計によって異なります。
したがって、
「M&Aでは必ず旧社員が新理事を選ぶ」
とも、
「必ず新社員だけで選ぶ」
とも一律には言えません。
旧社員全員を先に退社させるのは危険
これは避けた方がよい典型的な進め方です。
旧社員全員が退社した後で、
「では買主側3人を社員にします」
となった場合、
その新社員加入手続きを誰がどの機関で決めるのかという問題が生じます。
法人機関に空白を作らないこと
が重要です。
旧理事全員を先に辞任させるのも危険
同様に、
旧理事・旧理事長が全員先に辞任して、
その後で、
「新理事会を開催します」
とすることも問題があります。
新理事は社員総会で適切に選任され、就任した後でなければ理事会を構成できません。
旧理事長だけ先に辞任させていい?
慎重に設計してください。
理事長は法人代表者です。
旧理事長が退任した後、新理事長就任まで時間が空けば、
法人の代表者不在
という問題が生じます。
厚生労働省の医療法人機関に関する通知でも、任期満了または辞任によって退任した理事長について、後任理事長が選任されるまでの取扱いが設けられています。
だからこそ、最初から新旧理事長の交代日を一致させるよう設計することが重要です。
管理医師も総入替えする場合
M&Aで、
旧理事長A医師=本院管理医師
から、
新理事長E医師=新管理医師
へ変更するケースがあります。
この場合、
理事長変更
だけでなく、
診療所管理者変更
も必要です。
さらに、管理者は原則として医療法人の理事に加える必要があります。
したがって、
E医師について、
理事就任
↓
理事長就任
+
管理医師就任
を整合させてください。
社員・理事を総入替えする前には、現在の社員名簿や役員名簿だけでなく、定款、社員総会議事録、理事会議事録、登記事項、出資持分・基金、診療所関係の許認可なども確認することが重要です。
買主がM&A実行前に確認すべき事項については「医療法人M&Aのデューデリジェンス完全ガイド」で詳しく解説しています。
理事長と管理医師は別人でもいい?
制度上、
理事長と管理医師が必ず同じ人でなければならないわけではありません。
例えば、
理事長:E医師
本院管理医師:F医師
という構成も考えられます。
ただし、管理者は原則として理事に加える必要があります。
したがってF医師も理事となることを確認します。
M&Aで保健所への手続きは必要?
変更内容によります。
法人そのものが同一で、社員・理事・理事長だけを変更し、診療所管理者が変わらない場合と、
管理医師まで変更する場合では手続きが異なります。
管理医師を変更する場合には、診療所所在地を管轄する保健所等への変更届を確認します。
厚生局への変更も確認する
保険医療機関の場合には、
- 開設者の代表者変更
- 管理者変更
等について地方厚生局への届出を確認します。
したがってM&Aクロージング後のToDoは、
医療法人担当部署だけではありません。
M&Aで法人そのものが同じなら開設許可を取り直す?
社員・役員等を変更しても、開設者である医療法人そのものが同一法人として存続する場合、
別法人が新たに診療所を開設する事業譲渡とは性質が異なります。
これが、法人そのものを承継するスキームの大きなポイントです。
ただし、
- 法人名称
- 診療所名称
- 管理医師
- 所在地
等まで変更する場合には、それぞれ必要な行政手続きを確認します。
社員変更は役員変更届で届ける?
社員と役員は別です。
社員の入退社は通常、
- 定款
- 社員総会議事録
- 社員名簿
等によって法人内部で管理します。
一方、
理事・監事の変更については所管行政庁への役員変更届が必要になります。
東京都は役員の新規就任、辞任、重任、任期満了退任、死亡等を役員変更届の対象として案内しています。
2026年の東京都では役員変更届の添付書類にも変更
東京都では2026年3月30日、定款変更認可申請・役員変更届の一部添付書類について取扱いを見直しています。
役員就任承諾書・辞任届等について個人の実印押印を廃止し、本人署名とするなどの変更が行われています。
したがって、
過去のM&A案件で使った書式をそのまま再利用する
のではなく、最新様式を確認することが重要です。
大阪府では役員変更を「遅滞なく」届け出る
大阪府は、医療法人の役員について就任・退任等が生じた場合、役員変更届を事実発生後遅滞なく提出するよう案内しています。
理事長再任を含む重任についても届出対象とされています。
M&A後、
「登記が終わってからまとめて数か月後に出そう」
と放置しないよう注意してください。
兵庫県では変更前後の役員・社員名簿が重要になる場合もある
兵庫県の2026年時点の医療法人役員変更手続きでは、一定の役員変更の場合に、
変更前・変更後の役員及び社員名簿
の提出を求めています。
これは医療法人M&Aでは非常に重要なポイントです。
社員は登記事項ではありませんが、行政手続き上、社員構成を確認される場合があります。
理事長変更は法務局で登記する
新理事長が選出されたら、理事長変更登記を行います。
理事長は医療法人の代表者であり、登記事項です。
行政書士が医療法人行政手続きを担当し、
理事長変更登記は司法書士
と連携して進めることが一般的です。
M&A契約の「クロージング条件」と社員・役員変更を連動させる
M&A実務では、
譲渡代金を支払ったのに社員変更が成立していない
という事態を避けなければなりません。
そのため最終契約では、
- 新社員入社
- 旧社員退社
- 新理事選任
- 旧理事辞任
- 新理事長選出
- 印鑑・通帳引渡し
- 各種資料引渡し
などをクロージング条件・実行事項として整理することが考えられます。
契約設計は弁護士と連携してください。
法人印・銀行印・通帳の引渡し時期
医療法人M&Aでは行政書類だけでなく、
- 法人実印
- 銀行印
- 通帳
- キャッシュカード
- 電子証明書
- 法人契約アカウント
- 印鑑カード
等も新体制へ引き継ぐ必要があります。
これらについても、
新理事長就任後
の権限移行と矛盾しないようクロージングリストへ入れておくことをおすすめします。
法人口座の代表者変更
新理事長就任・登記後には金融機関で代表者変更を行います。
金融機関によっては、
- 新しい登記事項証明書
- 新理事長の本人確認書類
- 法人印
- 印鑑証明書
- 社員総会・理事会議事録
等を求められる場合があります。
M&A後の支払いが止まらないよう、金融機関手続きも事前に確認しておきましょう。
借入金がある場合はもっと注意
医療法人に金融機関借入がある場合、
M&Aで経営者・理事長が変更することについて、
金融機関の事前承諾
が必要となる契約も考えられます。
また旧理事長が個人保証している場合には、
- 旧保証解除
- 新保証設定
- 借換え
等を検討します。
理事長変更登記だけで旧理事長の保証が自動的に外れるわけではありません。
持分あり医療法人の場合はさらに注意
今回解説している社員・理事の変更に加えて、
出資持分
を整理する必要があります。
例えば、
旧理事長A:
社員
理事長
出資持分100%
だった場合、
社員・理事長をEへ変更しても、
Aが出資持分100%を保有したまま
という状態が残る可能性があります。
したがって持分あり医療法人では、
ガバナンス移行
と
財産権移行
を分けて設計します。
基金拠出型医療法人でも同じ
基金拠出型医療法人では、
社員・理事長変更とは別に、
基金返還請求権
があります。
旧理事長Aが基金1,000万円を拠出しているからといって、Aが退社・理事長退任した時点で基金が自動的に返還されるわけではありません。
M&Aでは、
- 基金をそのまま残す
- 基金返還請求権を譲渡する
- 将来返還を検討する
などを個別に整理します。
クロージング当日に準備する主な書類
案件によりますが、例えば次のような書類を準備します。
社員関係
- 新社員入社関係書類
- 旧社員退社届
- 新旧社員名簿
社員総会関係
- 社員総会招集関係書類
- 社員総会議事録
理事・監事関係
- 就任承諾書
- 辞任届
- 履歴書
- 住民票等
- 医師・歯科医師免許証写し等
理事会関係
- 理事会招集関係書類
- 理事会議事録
- 新理事長就任承諾関係
行政・登記関係
- 役員変更届
- 理事長変更登記資料
- 登記事項変更関係届出
案件ごとに必要書類は異なります。
医療法人M&Aクロージングのチェックリスト
少なくとも次の項目を確認します。
- 現行定款
- 社員入社規定
- 社員退社規定
- 現社員名簿
- 現役員名簿
- 役員任期
- 新社員候補
- 新理事候補
- 新監事候補
- 新理事長候補
- 管理医師変更の有無
- 新社員入社手続き
- 社員総会成立要件
- 新理事・監事選任
- 理事会成立要件
- 新理事長選出
- 旧理事長退任
- 旧役員退任
- 旧社員退社
- 新社員名簿
- 役員変更届
- 理事長変更登記
- 登記事項変更届
- 保健所変更
- 地方厚生局変更
- 銀行代表者変更
- 借入・保証
- 法人印・通帳引渡し
- 電子証明書・アカウント
- クロージング後の施設基準等
よくある失敗① 旧社員を先に全員退社させる
M&Aで最も避けたい失敗の一つです。
社員がいなくなってから新社員を入れようとすると、法人内部手続きに重大な問題が生じかねません。
よくある失敗② 旧理事全員を先に辞任させる
新理事選任・就任前に旧理事をすべて退任させると、理事会機能に空白が生じます。
よくある失敗③ 新理事になる前に新理事会を開催する
新理事候補者は、社員総会で選任され適切に就任した後に理事会を構成します。
候補者=理事
ではありません。
よくある失敗④ 新理事長がまだ理事ではない
理事長は理事の中から選出します。
外部医師を直接「理事長」にするのではなく、まず理事への就任手続きを確認してください。
よくある失敗⑤ 同じ日だから順番は関係ないと思う
非常に危険です。
同日クロージングでも、
法的・論理的な前後関係
があります。
議事録を時系列で並べて矛盾がないか確認してください。
よくある失敗⑥ 社員総会の定足数を確認していない
新社員加入後に社員数が増えることで、
社員総会の定足数
にも影響する可能性があります。
現行定款を確認してください。
よくある失敗⑦ 理事定数を超えてしまう
新理事を先に追加した結果、
一時的に、
定款上の理事上限を超える
という問題が生じる場合があります。
新旧理事の就退任時刻・効力発生日を調整する必要があります。
これはクロージング設計で特に注意したいポイントです。
よくある失敗⑧ 監事の独立性を確認していない
買主側税理士、MS法人関係者、理事の親族等をそのまま監事にしようとすると、自治体の運用上問題となる可能性があります。
事前に確認してください。
よくある失敗⑨ 管理医師変更を忘れる
旧理事長が管理医師を兼任している場合、理事長交代だけでは足りません。
診療所側の管理者変更を確認してください。
よくある失敗⑩ 行政届出をクロージング後に考える
理事・理事長変更後には役員変更届、登記、登記事項関係届出等が発生します。
M&A契約締結前から行政手続きをスケジュールへ入れてください。
医療法人M&A・社員理事総入替えFAQ
Q1. 医療法人の社員を全員変更できますか?
定款に基づいて適切な入退社手続きを行うことで、新体制へ変更することは検討できます。
ただし旧社員を全員先に退社させ、社員不在状態を作ることは避けるべきです。
Q2. 理事も全員入れ替えられますか?
適切な社員総会決議・就退任手続きを経て、新体制へ変更することは可能です。
医療法人には原則として理事3名以上及び監事1名以上が必要です。
Q3. 社員と理事はどちらを先に変更しますか?
一律の順番ではありません。
ただし実務上は、法人の意思決定機能を維持しながら新社員を加入させ、その後新役員を適切に選任する設計を検討します。
Q4. 新社員は誰が承認しますか?
現行定款の社員入社規定に従います。
社員総会承認が必要となる定款もあるため、必ず定款を確認してください。
Q5. 新理事は誰が選任しますか?
社団医療法人では、理事・監事は社員総会の決議によって選任します。
Q6. 新理事長は誰が選びますか?
現行の厚生労働省モデル定款では、理事会において理事の中から理事長を選出する形です。
現行定款を確認してください。
Q7. 新理事長は医師でなければなりませんか?
原則として医師または歯科医師である理事から選出します。
非医師・非歯科医師については都道府県知事の認可を受ける例外制度があります。
Q8. 社員・理事・理事長を全部同じ日に変更できますか?
同日で連動させることは検討できます。
ただし、その日の中でも手続きの論理的な順番を明確にする必要があります。
Q9. 旧社員全員が午前中、新社員全員が午後からでもいいですか?
具体的な効力発生時刻・定款・議決手続きを踏まえて設計する必要があります。
単純に時刻を付ければ問題が解決するわけではありません。
Q10. 旧理事長はいつ辞めるのがよいですか?
新理事長との間に代表者不在期間が生じないよう設計することが重要です。
Q11. 社員変更は法務局で登記しますか?
通常、社員は医療法人の登記事項ではありません。
法人内部の社員名簿等で管理します。
Q12. 理事変更は登記しますか?
すべての理事が代表者として登記される仕組みではありません。
一方、理事長は法人代表者として登記事項となります。
Q13. 理事長変更後は都道府県へ何を提出しますか?
役員変更届、登記後の登記事項関係届出等を確認します。
自治体によって様式・必要書類が異なります。
Q14. M&Aで管理医師も変更する場合は?
診療所所在地を管轄する保健所等への管理者変更手続き及び地方厚生局関係手続きを確認してください。
Q15. 法人そのものを承継する場合、診療所開設許可を取り直しますか?
法人そのものが同一で、単に社員・役員等が変更される場合と、別法人への事業譲渡では手続きが異なります。
スキーム確定前に行政庁へ確認してください。
Q16. 出資持分100%を取得すれば社員変更は不要ですか?
そうとは限りません。
出資持分割合と社員総会の議決権は別の問題です。
持分あり医療法人でも社員構成を確認する必要があります。
Q17. 基金返還請求権を取得すれば医療法人を支配できますか?
基金と社員総会の議決権は別です。
基金返還請求権を持つことによって自動的に医療法人の経営権を取得するわけではありません。
Q18. 売主を社員として1名だけ残してもいいですか?
制度上の可否だけでなく、M&A後のガバナンス・契約条件を考えて判断してください。
完全承継を目的とする場合、旧オーナーが社員として残る意味を慎重に検討する必要があります。
Q19. 旧理事長を理事として残すことはできますか?
可能なケースがあります。
承継後の一定期間、旧理事長が診療・経営をサポートする場合などです。
ただし実質的な経営権がどちらにあるのかを明確にしてください。
Q20. クロージング議事録は行政書士に作ってもらえますか?
医療法人の社員総会・理事会議事録、役員変更届、管理医師変更等の行政手続きについては、医療法人業務を取り扱う行政書士へ相談できます。
M&A契約は弁護士、登記は司法書士、税務は税理士等と連携して進めることが重要です。
医療法人M&Aを検討している売主・買主の方へ
医療法人M&Aで、
「社員と理事を全部入れ替えればいい」
という考え方だけでは十分ではありません。
重要なのは、
誰がその決議をする権限を持っているか
です。
例えば、
新理事を選任するには有効な社員総会が必要です。
新理事長を選出するには、有効に就任した理事による理事会が必要です。
したがって、
社員
↓
社員総会
↓
理事・監事
↓
理事会
↓
理事長
という権限関係を崩さずに新体制へ移行する必要があります。
これが医療法人M&Aにおけるクロージング設計の核心です。
当事務所では、医療法人・クリニック関係の行政手続きを専門分野として、
現行定款確認
→ 社員・役員DD
→ M&Aクロージング手順設計
→ 新社員入社
→ 旧社員退社
→ 社員総会議事録作成
→ 新理事・監事選任
→ 理事会議事録作成
→ 新理事長選出
→ 司法書士との登記連携
→ 役員変更届
→ 登記事項変更関係届出
→ 管理医師変更
→ 保健所・厚生局関係手続き
までサポートしています。
「医療法人を法人ごと買いたい」
「社員・役員を全員入れ替えたい」
「クロージング日に何をすればいいか分からない」
「M&A仲介会社から社員変更について聞かれた」
「議事録の順番が正しいか確認してほしい」
「理事長・管理医師を同時に変更したい」
という場合には、最終契約締結・クロージング前にご相談ください。
【医療法人M&A・社員役員総入替えについて相談する】
まとめ|医療法人M&Aは「権限が次の権限を生む順番」を崩さない
最後に重要なポイントを整理します。
- 医療法人M&Aでは社員・理事・監事・理事長を新体制へ変更できる
- ただし全国一律の唯一のクロージング順序があるわけではない
- 必ず現行定款を最初に確認する
- 社員は社員総会を構成する重要な存在
- 理事・監事は原則として社員総会で選任する
- 理事長は理事会で理事の中から選出する
- 旧社員全員を先に退社させない
- 旧理事全員を先に退任させない
- 新社員の加入を適切に成立させる
- 新社員を含む有効な社員総会を構成する
- 社員総会で新理事・監事を選任する
- 新理事が就任してから新理事会を開催する
- 新理事会で新理事長を選出する
- 旧理事長と新理事長の間に代表者不在期間を作らない
- 同日変更でも論理的な前後関係が必要
- 新旧理事の一時的な人数が定款上限を超えないか確認する
- 社員総会・理事会の定足数を確認する
- クロージング後に社員名簿を更新する
- 役員変更届・理事長変更登記を行う
- 管理医師変更・厚生局等の手続きも確認する
- 持分あり医療法人では出資持分も別途整理する
- 基金拠出型では基金返還請求権も別途確認する
- 金融機関・個人保証を確認する
- 法人印・通帳・電子証明書等も引き継ぐ
- M&A契約と行政クロージングを一体で設計する
医療法人M&Aで最も大切なのは、
「全員を同じ日に入れ替えること」
ではありません。
「旧体制から新体制へ、法人の意思決定権限を一度も途切れさせず移行すること」
です。
社員が社員総会を構成し、
社員総会が理事・監事を選任し、
理事が理事会を構成し、
理事会が理事長を選出する。
この、
「権限が次の権限を生む順番」
を理解してクロージングを設計することが、医療法人M&Aの社員・理事総入替えを安全に進める最大のポイントです。
参考となる公的情報・一次情報
本記事は、医療法、厚生労働省の医療法人の機関に関する通知・医療法人定款例、東京都・大阪府・兵庫県が2026年時点で公表している医療法人関係手続きを踏まえて作成しています。
厚生労働省は、社団医療法人について社員総会、理事、理事会及び監事を置かなければならないことを示しています。また現在の医療法人モデル定款では、理事・監事を社員総会の決議によって選任し、理事長を理事会で理事の中から選出する構造が示されています。
東京都は2026年3月、医療法人役員変更届等の一部添付書類について押印・提出書類の取扱いを見直しています。実際のM&Aでは必ず最新様式を確認してください。
大阪府は2026年現在、役員の就任・退任等が生じた場合には事実発生後遅滞なく役員変更届を提出するよう案内し、理事会の主な職務として理事長の選出・解職を明記しています。
兵庫県でも役員変更届・登記事項変更登記完了届の手続きが用意され、変更内容によって変更前後の役員・社員名簿等が必要となる場合があります。
※本記事で示したクロージング順序は一般的なモデルであり、すべての医療法人にそのまま適用できるものではありません。社員の入退社方法、社員総会・理事会の成立要件、役員定数等は現行定款・法人の状況によって異なります。実際の医療法人M&Aでは、M&A契約を担当する弁護士、登記を担当する司法書士、税務を担当する税理士、医療法人行政手続きを担当する行政書士等で連携して個別にクロージングを設計してください。
